「正解のない世界へようこそ
 ―規範的主張を例として―」

仮屋広郷(2001年4月)

 

 新入生の皆さん、まずは入学おめでとうございます。皆さんは、これからここの大学で、社会科学を学ぶことになります。よく言われることですが、これから学ぶことには、これまでのように「正解」という意味での答えがあるわけではありません。しかし、新入生の皆さんの多くにとって、それがどういう意味であるのか、なんとなく分かるような気もするが、具体的イメージが持てないというもどかしさがあるのではないかと思います。そこで、この小論は、それがどういう意味であるのか、皆さんに具体的に感じ取ってもらうことを目的にしたいと思います。

 

 社会科学といっても経済学、経営学、政治学、法学など、いろいろなものがあります。この小論では、ルール設定の変更を素材として話を進めたいと思います。なぜルール設定の変更を話の素材とするかについてですが、私の関心がそこにあるから、という以外に取り立てて理由があるわけではありません。ちなみに、私は、「法と経済学」を意識しながら、企業法を勉強しています。しかし、これから述べることは、どの社会科学の分野に取り組む際にも共通することであるように思います。それは次のような理由からです。

 

 先に社会科学といわれる学問領域の例として四つ掲げました。確かに、それぞれの学問が対象としているものは異なります。しかし、どの学問においても共通している要素として、単純に思いつくことがあります。それは、どの分野においても「べき」という主張がなされるということです(もちろん、共通点がこれに尽きるという意味ではありません)。例えば、「経営はこれこれこうあるべきである」といった類の主張です。この小論においては、このような主張を「規範的主張」と呼ぶことにしましょう。このような議論が、先に掲げた四つの分野のいずれにおいてもなされうるであろうことは容易に想像がつくでしょう。

 

 規範的主張をなすにあたっては、もちろん多くのことに注意が向けられなくてはならないと思いますが、特に、次の二点がさしあたり重要なのではないかと思います。第一は、規範的主張をなすにいたった判断基準です。第二は、現状認識です。それぞれ順番に述べることにしましょう。それを通じて、これから学ぶことには正解という意味での答えが存在するわけではないということを、皆さんにいくらかでも伝えることができれぱ幸いです。また、この小論で述べられることから、皆さんにいろいろな分野を学ぶことの大切さも感じ取っていただきたいと思っています。

 

※抜粋(続きはリンク先のPDFで読めます):仮屋広郷「正解のない世界へようこそ:規範的主張を例として」一橋論叢,125巻4号,389-401頁

 

※仮屋先生のインタビューも併せてご覧ください。

「社会科学を学ぶことは見えない鎖から自分を解き放つこと。「会社法」や「法と経済学」はそのための素材に過ぎない。〔研究室訪問 chat in the den〕」Hitotsubashi Quarterly,  Vol.22,34-35頁