【令和2年度法学部新入生の皆様へ】法学部長からの挨拶

法学部長からの挨拶

 皆さん、一橋大学法学部へのご入学、まことにおめでとうございます。厳しい競争をくぐり抜けて、新たな学生生活を始めようとする皆さんのこれまでの努力に、深く敬意を表します。

 

 本来であれば、皆さんは、桜の花びらの舞う大学通りを歩いて、この一橋大学国立キャンパスに足を踏み入れ、兼松講堂において、少し緊張しながら厳かな式典に参加していたはずです。
 しかし、今回それは実現しませんでした。新たな感染症の世界的流行という非常事態を前にして、私たちは、入学式およびそれに続く行事の挙行よりも、皆さんの健康を守ることを最優先にしました。しかし、これにより、皆さんに直接お会いして歓迎の意を表する機会を失ってしまったのは、まことに痛恨の極みであります。法学部長として、このメッセージが少しでも皆さんの心に届くことを切に願っています。

 

 すでに大学のウェブサイトでも告知されていることですが、春夏学期の授業の開始は来月5月7日からとなりました。春夏学期の授業は対面式では行われず、皆さんに映像を配信し、またはテレビ会議方式で行われる形を取ります。その詳細につきましては、一橋大学のウェブサイトその他のオンライン情報を参照してください。情報提供が行われるそのつど、大学から皆さんにメールなどでご案内します。

 

 大学とは、あらゆる事柄を先入観のないままに観察し、一定の基準に基づいた価値判断を加え、その判断結果および判断に至るまでのプロセスの妥当性について学生と教員が絶えず議論を重ねていくという場所です。私たちが取り組むべき問題の中には、答えが存在することが分かっていたり、答えそれ自体がすでに判明していたりして、その答えに発見し、またはその答えを実現するための合理的な方法だけを考えればよいというものもあります。しかし、一橋大学の法学部における学びの対象として、そのような答えの分かっている問題というのはあまりありません。要するに、一橋大学の法学部においては、答えがない問題に取り組まなければならないことの方が、多いのです。答えがないというのは、一定の不本意な結果に陥ることをまったく回避することができないという意味のほか、問題が解決されたといえる状態を明快に定義することができないという意味もあります。そして、法律学や国際関係学においては後者の観点からの考察が長く続けられてきました。国家や集団の運営、国家間の関係、人間の生命や身体などをめぐり、どのようなルール、またはどのような目標を設定することが最善なのか、はっきりしないものばかりであるといっても過言ではありません。なぜなら、何が最善であるのかそれ自体が、そもそもはっきりしていないことが多いからです。このとき、解決策を導く方法として多数決などの政治的手法が用いられることがありますが、それが万能ではないことはいうまでもありません。

 

 答えのない問題に取り組むには、文献を通じて先人の知恵に接するだけでは不十分です。徹底した考察と討議を通じて、問題を把握し、分析していくためのプロセスを自分自身で作り上げなければなりません。一橋大学法学部における少人数教育は、そのようなプロセスを形成するのに最適であると私たちは自負しています。たまたま、感染症の流行により、皆さんと教員が直接向かい合って学ぶ機会はしばらく先のこととなってしまいましたが、現在利用することができる技術を駆使して、私たち教員は皆さんにアクセスし、充実した学びの機会を提供していきます。ここで私たちが取り組まなければならない課題は、上で述べたような答えのない問題ではありませんので、制約はやがて克服され、皆さんの学修が有意義な結果をもたらすものと信じています。これから皆さんにはいろいろとご不便をおかけすることになりますが、嵐の空がやがて美しく晴れ上がるまでの間、ともに手を携えて一歩一歩進んでいきましょう。

 

令和2年4月3日
一橋大学法学部長
酒井 太郎