研究プロジェクト「法制度と人工知能」

このプロジェクトの目的は、日本とイギリスの法制度、とりわけ司法判断に人工知能(AI)が導入されることの社会的、経済的、理論的なインパクトとインプリケーションを明らかにすることです。本プロジェクトは、英国リサーチアンドイノベーション(UKRI)と日本の科学技術振興機構(JST)の出資により、ケンブリッジ大学(ビジネス研究所、コンピューター・ラボ、法学部)と一橋大学(法学研究科、経営管理研究科)が共同で実施しています。
  *本プロジェクトは、科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)から発信する公募型研究開発領域「人と情報のエコシステム(HITE)」に参画しています。https://www.jst.go.jp/ristex/hite/index.html

この研究プロジェクトは、日本チーム、すなわち一橋大学のメンバーにとっては、野心的な挑戦といってよいでしょう。日本では、近代国家として歩み始めて以来、西欧諸国に学びながら法と法制度の発展に高い関心が寄せられてきましたし、産業技術の分野でも高度な技術力を誇ってきました。しかし今、日本のLegalTechはまだ黎明期にいうべき段階にあり、司法のIT化には裁判資料のデジタル化の遅れをふくめ様々なハードルが指摘されています。今回、パートナーであるケンブリッジ大学の方々と一緒に、ハードルを乗り越え、新しい地平を拓くという気概をもって、研究に取り組んでいます。

英国を含めて諸外国においては、法的意思決定の側面を再現するための機械学習(ML)の利用は、すでにかなり進んでいます。多くのリーガルテック・アプリケーションが法律事務所や商取引業者によって開発され、特に訴訟リスクのモデル化に利用され、しのぎを削っています。データ解析は、保護観察、予測的取り締まり、信用評価など、法的に影響のある事柄の決定に情報を提供しています。次なるステップは、MLを使って裁判所の判決を含む法制度のコアをなす「司法判断」のレプリカができるかでしょう。このプロジェクトは、ここにフォーカスして、法はコンピュータ化することが可能か?という根本的な疑問に迫るものです。

この研究プロジェクトの期間は、2020年1月~2023年12月で、一橋大学からは、角田美穂子教授、山本和彦教授、竹下啓介教授(以上、法学研究科)、鷲田祐一教授、野間幹晴教授(以上、経営管理研究科)が参加し、ケンブリッジ大学からは、サイモン・ディーキン教授(ビジネス研究所、法学部)、ジョン・クロウクロフト教授(コンピューター・ラボ)、フェリックス・シュテフェック上級講師(法学部)、ジャット・シン博士(コンピューター・ラボ、トラスト・アンド・テクノロジー・イニシアティヴ)、ジェニファー・コッベ博士(コンピューター・ラボ)、クリストファー・マルコウ博士(法学部)が参加しています。

目的・目標

法領域におけるAIの利用について、十分な情報に基づいた議論が急務となっています。このプロジェクトは、次のような方法でこの議論を進めることを目指します。

①法制度のコアをなす「司法判断」にフォーカスし、そのデジタル化・自動化の可能性とリスク、限界を検討する。研究成果として、法制度へのAI導入をファシリテートする要素技術と法的推論モデルの開発をめざす。
②法領域におけるAI関連技術の受容性についてのステークホルダーの認識を探る。
③アルゴリズムによる司法判断に関連する法的・倫理的リスクを特定し、対処するためのガイドラインを策定すること。

研究の手法

本プロジェクトは3つのワークパッケージで構成されており、それぞれホライズンスキャニング(WP1)、機械学習、深層学習、自然言語処理、計算言語学(WP2、3)の手法を導入しています。これらすべてのワーキングパッケージにおいて、法学者も参加し、密に連携をとりながら、具体的な法制度の運用に即した研究を遂行しています。

Working Package 1)法制度と人工知能の未来シナリオ研究グループ:Horizon Scanningの手法を用いて (チームリーダー:鷲田、上原、角田、Deakin、Markou)

Horizon Scanning とは、1960年代後半にスタンフォード研究所を中心に開発された研究手法です。この手法は、未来が現状の直線的延長線上から外れる傾向があるという仮定を避け、直線的延長線上にない情報の収集と分析に重点を置くことで、より現実的な未来予測を試みるものです。Horizon Scanning を実施するにあたっては、まず、報道、解説、二次学術文献などから、法律におけるAIの活用に関する様々な情報源を収録したデータベースを作成する予定です(Scanning Material)。このデータベースは、一連のワークショップでの議論の基礎として使用されます。ワークショップには、幅広い活動分野、幅広い年齢層の専門家、研究者、企業関係者、ユーザーを招聘する予定です。AIがもたらすメリットとリスクの様々な組み合わせについて、創発的なシナリオを描いていきます。

Working Package 2)法律と会計のコンピュテーション研究グループ (チームリーダー:野間、角田、竹下、Deakin、Crowkroft、Singh、Cobbe、Markou)

このWPでは、法規範のなかでも労働者性など多様な要素を総合考慮して判断される規範的要件にフォーカスし、その法的根拠を、裁判例のデータを用いて視覚的に表現できるか、また、関連する法的指標に対応するノードからなる決定木を用いて事件の結果を正確に予測できるかを検討します。このWPでは、ディープラーニングと自然言語処理を使用して、モデルに情報を与え、洗練させるのに役立つ潜在的または隠れた変数について法的判断を分析する予定です。続く第2フェーズでは、同じ手法が会計の分野で使用されている知識システムのデジタル化にどこまで適用できるかを探ります。

Working Package 3)人工知能による紛争解決予測研究グループ(チームリーダー:山本、竹下、角田、Steffek)

このWPは、紛争結果の予測を扱い、様々な関係者が裁判結果予測において人工知能を用いることで起きる問題に関する理解を深めることを目的としています。英国チームは、イングランドとウェールズの裁判所から提供された、英国の裁判例の大規模なデータセットを用いて研究を実施しています。このデータセットを用いて、紛争結果を予測するための様々な機械学習アプローチもテストします。日本チームも、パラレルな研究を実施すべく、日本の裁判例のデータベース企業から裁判例のデータの提供を受け、東京工業大学情報理工学院・徳永研究室・山田寛章助教の「民事紛争の説明可能な紛争解決予測モデル」研究プロジェクト(JST-ACT-X)*と連携しながら研究を進めています。

さらに、本WPでは、「紛争解決における人工知能を規制するための倫理的ガイドライン」を策定する予定です。ガイドラインの作成にあたっては、日本の法務省、英国司法省、OECD司法アクセス局、日英司法界の代表者、LawTech企業とのラウンドテーブル会議を通したサポートも受ける予定です。

研究プロジェクトの進捗と成果

Working Package 1)Horizon Scanningによる法律と人工知能の未来シナリオ研究グループ

日英両チームとも、Horizon Scanning ワークショップを通して2030~2040年の社会変化仮説を生成し、未来イシューとして「仕事と労働法の未来」という同一テーマを設定して、研究を進めています。これにより、ギグエコノミーが進展し、企業の労務管理や意思決定にもAIが利用されるようになった社会がどのようになるか、日英の未来シナリオの比較が可能になるでしょう。最終的には、未来シナリオをもとにアニメーションなどの一般の人にもわかりやすいメディアを制作し、多様なステークホルダーを招いたワークショップを開催し、日英の異同も検討する予定です。

  • 神吉知郁子『司法判断におけるAIの実装可能性―――イギリスにおける労働者性判断の試みから』NBL1187号(2021年2月1日)12~20頁

Working Package 2)法律と会計のコンピュテーション研究グループ

英国チームは、規範的要件として「労働者」性にフォーカスし、その判断の根拠の可視化と、社会的・経済的な文脈の解明に挑んでいます。現代の労働法における「労働者」性判断にくわえ、雇用に関する歴史的な事例を集めたデータセットの構築も進めており、これを用いて、法変化の長期的なダイナミクスや、社会・経済発展と法の共進化に関する仮説の検証も行う予定です。また、この間、英国チームでは、概念的枠組みの開発において進展が見られ、編集された論文集「Is Law Computable? Critical Reflections on Law and Artificial Intelligence」(2020年11月にHart/Bloomsburyから出版)、および、「Journal of Cross-Disciplinary Research in Computational Law」に学術論文を公表しています。

日本チームは、国際裁判管轄に関するForum Non Conveniens 法理にフォーカスし、英米日本国の裁判例をもとに同法理を実装したAIを開発し、用いる技術等で精度の違いが出るか等の実験を実施しています。この研究プロジェクトが成果をあげることができた暁には、英国チームの労働法領域との対比という視点が加わることで、第2フェーズにおける研究が、立体的な研究へと発展させることが可能になると考えています。

Simon Deakin, Decoding Employment Status, King’s Law Journal, Vol 31 (2020) Issue2

Simon Deakin and Christopher Markou eds., Is Law Computable?, 2020

Simon Deakin and Christopher Markou, Evolutionaly Interpretation: Law and Machine Learning, in: Cross-Disciplinary Research in Computational Law [CRCL], Vol1 No.1 (2022)

Working Package 3)人工知能による紛争解決予測研究グループ

日本チームは、東京工業大学情報理工学院・徳永研究室・山田寛章助教の「民事紛争の説明可能な紛争解決予測モデル」研究プロジェクトと連携しながら、タスク・デザイン、大規模アノテーションを実施し、データセットを構築し、説明可能な紛争解決予測システムの開発に挑んでいます。その成果第一弾として、アノテーションの精度を確保するために実施した実験結果をまとめ、発表しました。

日英チームは定期的にオンライン会合をもち、互いの知見を共有しながら研究を進めています。後半では、日英チームでコラボレーション実験も試みたいと考えています。

また、英国チームが来日/日本チームが渡英して開催することを予定していた関係者とのラウンドテーブル会議をオンライン会議に変更し、そこに学生を招待して対話が可能なオンライン授業に趣旨替えしたことで、研究と教育・教材開発を兼ねる、斬新なオンライン授業を実現させました。その2021年1月に一橋大学で実施された集中講義「テクノロジーとリーガルイノベーション」を書籍化し、2022年3月に上梓しました。

 

英国チームは、イングランドとウェールズの裁判所から提供された大規模な民事判決文書のデータセットを構築し、1709年から2021年までの「契約」に関する60379件の民事裁判例について機械学習を用いた分析を加え、その成果を発表しました。

 

https://www.cambridge.org/engage/coe/article-details/637c101621b45c8f0f245373

https://www.3cl.law.cam.ac.uk/press/news/2022/11/what-goes-court-identifying-contract-related-topics-decided-united-kingdom-courts

https://www.cambridge.org/engage/api-gateway/coe/assets/orp/resource/item/637c101621b45c8f0f245373/original/what-goes-on-in-court-identifying-contract-related-topics-decided-by-united-kingdom-courts-from-1709-to-2021-using-machine-learning.pdf