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国際シンポジウム テクノロジーの進化とリーガルイノベーション

2019年7月1日 掲載

ロボットやAIといったテクノロジーがイノベーションを起こそうとしている現在、社会システムとしての法は再考を迫られている。この「リーガルイノベーション」というべき新たな分野について、一橋大学大学院法学研究科と産業技術総合研究所 産総研デザインスクールが、ケンブリッジ大学法学部Centre for Corporate and Commercial Law(3CL)と連携しながら、研究を進めていくこととなった。
そして2019年3月29日(金)、三者連携のキックオフ・シンポジウムを開催。基調講演を皮切りに、全体は「問われる企業・社会のガバナンス」「テクノロジーの進化に対する工学×経営学×法学のアプローチ」「検討すべき課題、求められる人材育成とは?」という3部構成。第2部および第3部のパネルディスカッションでは、株式会社レア・共同代表の大本綾氏による「グラフィックファシリテーション」が行われた。グラフィックファシリテーションとは、議論や対話の内容をビジュアル言語を駆使して記録し、共有することで、その場に新しい気づきをもたらす手法である。
このような先進的な手法も採り入れながら、学際×国際のコミュニケーションに果敢にチャレンジした今回のシンポジウム。リーガルイノベーションの課題を明確にし、アプローチの視点の獲得を目指す、画期的な内容となった。

⼀橋⼤学法学研究科⾓⽥美穂⼦教授

⾓⽥美穂⼦
⼀橋⼤学法学研究科
教授

大場光太郎氏産業技術総合研究所ロボットイノベーション研究センター副研究センター長産総研デザインスクール準備室長

大場光太郎氏
産業技術総合研究所
ロボットイノベーション研究センター副研究センター長
産総研デザインスクール準備室長

国立情報学研究所新井紀子教授

新井紀子氏
国立情報学研究所
教授
社会共有知研究センター長

ケンブリッジ大学法学部SimonDeakin教授

Simon Deakin氏
ケンブリッジ大学法学部
教授

学習院大学法学部小塚荘一郎教授

小塚荘一郎氏
学習院大学法学部
教授

ケンブリッジ⼤学法学部FelixSteffek教授

Felix Steffek氏
ケンブリッジ大学法学部
教授

産業技術総合研究所⼈間拡張研究センター梶⾕勇主任研究員

梶⾕勇氏
産業技術総合研究所⼈間拡張研究センター
主任研究員

⼀橋⼤学経営管理研究科 野間幹晴教授

野間幹晴
⼀橋⼤学経営管理研究科
教授

株式会社レア代表⼤本綾

⼤本綾氏
株式会社レア
共同代表

電気通信⼤学情報理⼯学研究科⼯藤俊亮准教授

⼯藤俊亮氏
電気通信⼤学情報理⼯学研究科
准教授

⼀橋⼤学法学研究科⻑只野雅⼈教授

只野雅⼈
⼀橋⼤学法学研究科
教授

産総研デザインスクール⼩島⼀浩チーム⻑

小島一浩氏
産業技術総合研究所
人間拡張研究センター
共創場デザイン研究
チーム長

基調講演
「Sustainability of Digital Ecosystem(デジタル・エコシステムの持続可能性)」

新井紀子教授(国立情報学研究所 社会共有知研究センター長)

基調講演として、2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務め、2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導するなど、「新しい技術が社会にどのようなインパクトをもたらすか」について日本をリードする試みに取り組んできた新井紀子教授が登壇。
自ら考案した「デジタル・エコシステム」(=最大手テクノロジー企業(テックジャイアンツ)によるプラットフォームが国境を越えて連携し、人々の日常を支える仕組み)とその寡占状況にふれ、再配分のルールを設けることはテックジャイアンツにとっても資するものであるという、バランスと持続可能性の重要性を改めて提唱。
この日一日の議論に示唆を与える講演となった。

第1部「問われる企業・社会のガバナンス」

「技術×法律」というテーマに高い見識と経験を持つ2名の教授が登壇。デジタル変革やAIといったテクノロジーの進化がもたらす時代の変化に対して、企業や社会がどのように向き合っていくかが語られた。

コーポレート・ガバナンスと企業のデジタル変革
(Corporate Governance, Enterprise Reform and Digitisation)

Simon Deakin(ケンブリッジ大学法学部 教授)
テクノロジーと法制度の関係について独自の視点を持ち、日本企業のコーポレート・ガバナンスにも精通している会社法の権威Deakin教授が登壇。
新たなデジタル技術を導入した、これまでにないビジネス・モデル、商品・サービスが出現している現在、企業はさまざまな課題に直面しており、変革に向けた取り組みが世界各国で進んでいる。日本の大企業はこの取り組みにおいて苦戦を強いられているように思われるが、Deakin教授によれば、日本の社会はデジタル変革について楽観的かつポジティブであるとのことだ。
日本における喫緊の課題として進められてきている一連のコーポレート・ガバナンス改革の延長線上で、デジタル化がもたらすインパクトへの対応は可能か?という点については、企業の対応は遅れがちである一方で日本企業はレジリエンス(柔軟性)が高く、「次に備える」という意味では有利なポジションにあるのではないか、というDeakin教授の意見が披露された。

AIの開発・利活用のガバナンス

小塚荘一郎 学習院大学法学部教授
宇宙ビジネスや自動運転、グローバルな法制度の普及についても精力的に研究を行っている小塚教授。AIの開発や利活用のガバナンスをめぐる議論をリードしている日本とEUのイニシアティブ、ガバナンスの枠組みをめぐる議論の次に来るべき法の課題について語った。
技術革新に対応した法制度の形成が求められる一方、法的責任が技術開発や投資にブレーキをかける可能性を指摘。AI時代の到来とともに、「モノからサービスへ」「民事法(民法、商法等)から情報法へ」「法からコードへ」と法が変化することにふれた。AIの開発・利活用が「人間中心」であるという点で日本とEUで共通のベースを持っており、今後AIに対する法制度の課題として、法の領域が契約・責任から倫理・社会原則の重視にシフトする可能性を述べた。

第2部:パネルディスカッション「テクノロジーの進化に対する工学×経営学×法学のアプローチ」

第2部では具体的なトピックスについて、工学・経営学・法学の立場から、イノベーションのシナリオやテクノロジー導入のメリット、課題、対応策を示し、それぞれの視点・問題意識の違いを浮かび上がらせた。キーワードは「噛み合わない議論」。これをいかに創造的対話へとファシリテートしていくかを考えた。
まず産業技術総合研究所 人間拡張研究センター 主任研究員の梶谷勇氏が高齢者用介護ロボットの開発を例に、人を対象とする医学系研究に関する倫理方針、改正個人情報保護法、臨床研究法の制定に伴う過渡期の課題を紹介。小塚教授が二の足を踏む組織、開発を進めたい研究者のジレンマに対して、法律の適用はケースバイケースと言わざるを得ない法律家の立ち位置を表明。続いてケンブリッジ大学法学部Steffek教授からは、EUで導入が始まっている「サンドボックス方式」を通して、法律とテクノロジーの間に共通のゴールを見出すためのヒントが紹介された。さらに一橋大学大学院経営管理研究科野間教授は、道路交通法によって自動車の左側通行が定められている一方で、エスカレーターでは左右のいずれを歩行するのかについて法律はないことを例に挙げ、テクノロジーの進化に伴い、法律が規定すべき領域と、そうではない領域との線引きが困難になっており、企業がイノベーションを興すうえで論点になっていると指摘。一方でDeakin教授からは、データ濫用によるマネタイゼーションが、テックジャイアンツに対する信頼の欠落につながっているとの指摘があるなど、活発な意見交換がなされた。

第3部「検討すべき課題、求められる人材育成とは?」

30分間のコーヒー・ブレイクをはさみ、第3部では、第1部で語られた時代環境や第2部での討議を踏まえ、「では、今企業や社会が検討しなければならない課題は何か。それらの課題に立ち向かう"人"にはどのような資質や行動が求められるのか。課題に立ち向かえる人材をいかにして育成していくのか」という議論に進んだ。

テクノロジーと法:研究×教育の課題
(Technology and Law: A Research and Teaching Agenda)

Felix Steffek(ケンブリッジ大学法学部 教授)
冒頭、Steffek教授は「Code vs Law」という対立図式とは別に、「Law→facilities & constraints→Code→influences structure & content→Law......」という、お互いを補完するという図式を提唱。1年間、アメリカ最高裁で下される判決をAIに予想させるという実験で、AIは70~80%台と、テクニカル・リーガルの知識がなくても信頼に値する数値を示したことが報告された。また、エストニアでは小規模な裁判の場合にAIを法廷に導入した事例も紹介。
今後のAIを活用した教育として、「学部でも生涯教育でも」「技術評価者と、より学際的に」「批判的に考えられるツールを学生に提供する」「10年後には設定したコースをアップデートする」など10段階に分けた教育方法が挙げられた。

産総研デザインスクールが目指す人材

小島一浩 産業技術総合研究所 人間拡張研究センター 共創場デザイン研究チーム長
産総研デザインスクールの紹介ビデオを2分間流したあと、小島チーム長はこれまで開発されてきた技術の問題点を指摘。災害現場で使われる極限使用ロボットは、ユーザー側の維持管理コストを考慮していなかった。実世界情報処理(Real World Computing)は、実用化にうまく引き継がれなかった。
このような問題から、工学者が作った技術を世の中に出すという直線型のスタンスに疑問を持ち、明確な目的を掲げ、その目的を軸にした研究プロセスを構築できる人材を育てるために、産総研デザインスクールを立ち上げたことを述べ、「既に持っている・使いたい技術で問題を定義するのではなく、現場のメンバー、文化的背景の違い、システム思考などのキーワードで仮説生成を行う」という大学とはまた異なる人材育成のスタンスが紹介された。

日本企業の会計・監査の未来 デジタルトランスフォーメーションと人材育成

野間幹晴 一橋大学経営管理研究科 教授
一橋大学大学院フィンテック研究フォーラムの代表を務めている会計学者・野間教授からは、産業が融合化しつつある現在、人材育成のキーワードはCPS(Cyber Physical System)からCFPS(Cyber Financial Physical System)にこの5年で変わってきていること。その背景として、産業の垣根がなくなりつつあり、企業が著しく競争力を失うのは既存の競合企業に敗北するからではないという現状を紹介。また日本企業では、ビジネス・デジタルエンジニア・法律家の間の言語もカルチャーも異なり、橋渡しする人材、すなわちプロデューサーあるいはトランスレーターの育成が遅れているとの指摘がなされた。今後は、プレイヤーが次にバトンを渡して終わりというリレー型ではなく、エンジニアも法律家も同時に走るラグビー型に適した人材育成と組織構築が必要であると提唱された。

パネルディスカッション

第3部での講演を踏まえ、リーガルイノベーションの課題と展望について意見が交換された。
それぞれのパネリストが自身の講演内容について補足を行ったあと、橋渡しする人材=プロデューサー、トランスレーターの存在の必要性が議論の中心となった。小塚教授は、自らの専門分野を問い直す、「当たり前」を見直したうえで専門分野を越え、改めて「つくりたいものは何なのか」を考えることの重要性について言及。小島チーム長は、エスカレーターの左右の使い方から35年の住宅ローンまで、あらゆる当たり前をはずして建設的批判を行う人材育成が求められていると指摘。野間教授は、すべての教育を大学の既存の枠組みで行うことの限界にふれ、新たな組織をつくって推進していくことが提唱された。
最後に、会場から寄せられた質問の一部をファシリテーターが紹介。「イノベーションを起こすのは合理的な合意形成ではなく、非合理的な情熱ではないか?」「サンドボックス方式以外に最適な方法はないのではないか?」「新技術を社会実装して、被害者が出た時の責任分担について法はどう関わるべきか?」などの質問に対し、パネリストが交代で一つひとつ意見を述べていった。まさに会場が一体となり、高い熱量を保ったまま、このキックオフ・シンポジウムは成功裏に閉幕となった。

プログラム概要

国際シンポジウム テクノロジーの進化とリーガルイノベーション

ご挨拶

只野 雅人(⼀橋⼤学法学研究科教授)

大場光太郎氏 (産業技術総合研究所ロボットイノベーション研究センター 副センター長 産総研デザインスクール準備室長)

基調講演

テーマ:「デジタル・エコシステムの持続可能性」
新井 紀⼦氏(国⽴情報学研究所 教授)

【第1部】 『問われる企業・社会のガバナンス』

テーマ:「コーポレート・ガバナンスと企業のデジタル変⾰」
Simon Deakin氏(ケンブリッジ⼤学法学部 教授
⼩塚 荘⼀郎氏(学習院⼤学法学部 教授)

【第2部】 『テクノロジーの進化に対する⼯学×経営学×法学のアプローチ』

パネルディスカッション

Simon Deakin氏(ケンブリッジ⼤学法学部 教授)
Felix Steffek氏(ケンブリッジ⼤学法学部 教授)
⼩塚 荘⼀郎氏(学習院⼤学法学部 教授)
梶⾕ 勇氏(産業技術総合研究所⼈間拡張研究センター 主任研究員)
野間 幹晴(⼀橋⼤学経営管理研究科 教授)

ファシリテーター

⼤本 綾氏(株式会社レア 共同代表)
⼯藤 俊亮氏(電気通信⼤学情報理⼯学研究科 准教授)
⾓⽥ 美穂⼦(⼀橋⼤学法学研究科 教授)

【第3部】『検討すべき課題、求められる⼈材育成とは?』

テーマ:「テクノロジーと法:教育×研究の課題」
Felix Steffek氏(ケンブリッジ⼤学法学部 教授)

テーマ:「産総研デザインスクールが⽬指す⼈材」
⼩島 ⼀浩氏(産業技術総合研究所人間拡張研究センター共創場デザイン研究チーム チーム長)

テーマ:「日本企業の会計・監査の未来 デジタル・トランスフォーメーションと⼈材育成」
野間 幹晴(⼀橋⼤学経営管理研究科 教授)

パネルディスカッション

Simon Deakin氏(ケンブリッジ大学法学部 教授)
Felix Steffek氏(ケンブリッジ大学法学部 教授)
小塚荘一郎氏(学習院大学法学部 教授)
小島一浩氏(産業技術総合研究所人間拡張研究センター共創場デザイン研究チーム チーム長)
野間幹晴(一橋大学経営管理研究科 教授)

ファシリテーター

⼤本 綾氏(株式会社レア 共同代表)
⼯藤 俊亮氏(電気通信⼤学情報理⼯学研究科 准教授)
⾓⽥ 美穂⼦(⼀橋⼤学法学研究科 教授)


質疑応答、総括

企画・総合司会
大場光太郎(産業技術総合研究所ロボットイノベーション研究センター 副センター長 産総研デザインスクール準備室長)× 角田美穂子( 一橋大学法学研究科 教授)

  • 共同主催:一橋大学法学研究科グローバルロー研究センター×産業技術総合研究所×一橋大学大学院フィンテック研究フォーラム×ケンブリッジ大学法学部 Centre for Corporate and Commercial Law(3CL)
  • 後援:株式会社商事法務
  • 協賛:株式会社ブロードバンドタワー、TMI総合法律事務所、シティグループ・ジャパン、一般財団法人会計教育研究研修機構